COLUMN

院長コラム
2026.01.11

運動すると咳が出る「運動誘発喘息」の対策と治療

運動中・運動後の咳は喘息のサインかもしれない

「ジョギングをすると必ず咳が出る」「子供が体育の授業や運動会の後にゼーゼーする」「スポーツジムで激しい運動をした後に胸が苦しくなる」。こうした症状は体力不足ではなく、運動誘発性気管支収縮(EIB:Exercise-Induced Bronchoconstriction)の可能性があります。

喘息患者さんの約80〜90%にEIBが認められるとされていますが、喘息と診断されていない方にもEIBは起こりえます(Parsons JP, et al. Allergy Asthma Proc. 2011)。その割合は一般の方でも5-20%に認められます。「運動すると苦しいのは当たり前」と思い込まず、症状がある場合は適切な評価を受けることが大切です。

運動誘発喘息のメカニズム

激しい運動をすると呼吸量が安静時の10〜20倍に増え、鼻呼吸だけでは追いつかなくなり口呼吸になります。鼻は吸い込んだ空気を温め加湿するフィルターの役割を果たしていますが、口呼吸ではこの機能が十分に働きません。冷たく乾燥した空気が大量に気道に流入すると、気道表面の水分が急速に蒸発し、気道粘膜の浸透圧が変化します。

この浸透圧変化が肥満細胞を刺激し、ヒスタミンやロイコトリエンなどの化学物質が放出されます。これらの物質が気管支の平滑筋を収縮させ、咳、喘鳴(ゼーゼー・ヒューヒュー)、息苦しさ、胸の圧迫感などの症状が出現します。症状は通常、運動開始後5〜15分で現れ始め、運動終了後5〜30分でピークに達し、30〜90分で自然に軽快します。

どんな運動で起きやすいか

冷たく乾燥した空気を長時間にわたって吸い込む持続的な有酸素運動ほどEIBは起きやすくなります。

  • 起きやすい運動:長距離走、マラソン、サッカー、ラグビー、サイクリング、クロスカントリースキー、アイスホッケー
  • 比較的起きにくい運動:水泳(温かく湿った環境)、ヨガ、短距離走、ウォーキング、武道

ただし個人差が大きく、水泳でも塩素の刺激で症状が出る方もいます。花粉の多い時期の屋外運動や、大気汚染がひどい日の屋外運動ではリスクがさらに高まります。運動の種類だけでなく、運動する環境にも注意を払いましょう。

ウォーミングアップの重要性

10〜15分かけてゆっくりとウォーミングアップを行うことで、EIBの発症を大幅に軽減できることが報告されています。これは「不応期(refractory period)」と呼ばれる生理現象を利用した方法です。軽い運動で気道に適度な刺激を与えておくと、肥満細胞から放出できるメディエーターが一時的に枯渇し、約40〜50%の方でその後2時間程度は本格的な運動でも気管支収縮が起きにくくなります。

具体的には、軽いジョギング、体操、ストレッチを10分程度行い、徐々に運動強度を上げていきましょう。ウォーミングアップなしに突然全力で走り出すことは避けてください。

スポーツを続けるための実践的な対策

  • 運動前に十分なウォーミングアップを行う(最低10分以上)
  • 冬の屋外運動ではマスクやネックウォーマーで吸入する空気を温め、加湿する
  • 花粉の多い時期や大気汚染のひどい日は屋内運動に切り替える
  • 運動前のSABA(短時間作用性吸入薬)の予防的使用について主治医に相談する
  • 鼻呼吸を意識する。口呼吸は冷たく乾燥した空気の流入量が増え、気道への負担が大きくなる
  • 運動後のクールダウンも5〜10分かけて緩やかに行い、急に動きを止めない
  • 体調不良時や感染症の回復期は激しい運動を控える

治療と薬の使い方

EIBの治療は、まず背景にある喘息のコントロールを最適化することが基本です。吸入ステロイド薬を毎日継続的に使用して気道の慢性炎症を抑えることで、EIBの頻度・程度は自然と軽減されます。吸入ステロイド薬の効果が現れるまでには2〜4週間かかるため、根気よく継続することが大切です。

それでも運動時の症状が残る場合は、運動の15〜30分前にSABAを吸入する方法が広く推奨されています。この予防的な使用により約80〜90%の方の症状を抑えることができます。ただし、SABAの予防使用が頻繁に必要な場合は、基本治療の見直しが必要なサインです。ロイコトリエン受容体拮抗薬(LTRA)の毎日内服も有効な場合があり、特にSABAの頻繁な使用を避けたい方や、アレルギー性鼻炎を合併している方に適しています。

まとめ

運動誘発喘息は適切な予防と治療によって十分に管理できる病態であり、ほとんどの方がスポーツを楽しみ続けることが可能です。実際にオリンピック選手の中にもEIBを管理しながら活躍している方は数多くいます。「運動すると咳が出るから運動をやめよう」ではなく、正しい対処法を知って運動と上手に付き合っていきましょう。症状が気になる方は、呼吸器専門医への相談をおすすめします。