COLUMN

コラム

逆流性食道炎が原因で咳が続く?胸焼けがない場合も要注意

咳の原因が胃にあることがある

長引く咳の原因として、風邪、喘息、副鼻腔炎などがよく知られています。しかし、これらの治療を行っても咳が改善しない場合、意外な原因として胃食道逆流症(GERD)が関わっていることがあります。胃酸が食道に逆流することで咳が誘発されるメカニズムは近年の研究で明らかにされており、慢性咳嗽の原因として見落とされやすい疾患の一つです。Irwin RSらがChest(2006年)に発表した論文では、慢性咳嗽の原因としてGERDが上気道咳症候群(後鼻漏)、喘息と並んで三大原因の一つに挙げられています。特に注意が必要なのは、典型的な胸焼けや逆流感の自覚がないにもかかわらず咳だけが続く場合です。

GERD(胃食道逆流症)とは

胃食道逆流症(GERD)は、胃の内容物や胃酸が食道に逆流することで不快な症状や合併症を引き起こす疾患です。食道と胃の接合部には下部食道括約筋(LES)という筋肉があり、通常は胃酸の逆流を防いでいますが、この括約筋の機能が低下したり、一過性に弛緩したりすることでGERDが発症します。代表的な症状は胸焼け(みぞおちから胸にかけての灼熱感)と酸の逆流感ですが、実はそれ以外にも喉の違和感、声がれ、嚥下困難、そして慢性的な咳といったさまざまな症状が現れることがあります。日本人のGERD有病率は食生活の欧米化や高齢化に伴い増加傾向にあり、成人のおよそ10〜20%が何らかの逆流症状を経験しているとされています。

GERDでなぜ咳が出るのか

直接刺激による咳

逆流した胃酸が食道だけでなく、喉頭や気管にまで到達する場合があります。これを「喉頭咽頭逆流症(LPR)」と呼びます。気管や喉頭の粘膜は胃酸に対する防御力が弱いため、ごく少量の胃酸であっても粘膜が刺激を受け、咳反射が誘発されます。この場合、就寝後や起床時に咳が強くなる傾向があります。また、食後に横になったときや前かがみの姿勢をとったときにも症状が出やすくなります。声がかれたり、喉にいつも何か詰まっている感じ(咽喉頭異常感)を伴うことも特徴的です。

迷走神経反射による咳

逆流した胃酸が食道の下部にとどまっていても、咳が誘発されることがあります。これは食道粘膜に存在する酸受容体が刺激されることで迷走神経を介した反射性の咳が引き起こされるメカニズムです。食道と気管支は共通の迷走神経支配を受けているため、食道への酸刺激が気管支の収縮や咳反射として表れるのです。この経路による咳は胃酸が気道に直接到達しなくても起こるため、一見すると消化器系の症状がないように見えても実はGERDが咳の原因であったということが起こり得ます。

Silent GERD(無症候性GERD)

GERDによる咳で特に問題となるのが「Silent GERD」と呼ばれる状態です。これは、胸焼けや酸逆流といった典型的な消化器症状が全く自覚されないにもかかわらず、胃酸の逆流が起こっている状態を指します。患者さん自身も医療者も消化器系の問題を疑わないため、咳の原因としてGERDが見落とされやすくなります。咳喘息や後鼻漏として治療されても改善しない慢性咳嗽の中には、このSilent GERDが原因であるケースが相当数含まれていると推定されています。Silent GERDの存在を念頭に置くことで、難治性の咳の原因が明らかになることがあります。

喘息との合併

GERDと喘息は高い頻度で合併することが知られています。喘息患者さんの約40〜80%にGERDが合併しているという報告もあります。両疾患は互いに悪化させる悪循環を形成しています。喘息による咳や気管支攣縮は腹圧の上昇を引き起こしてGERDを悪化させ、逆にGERDによる胃酸の逆流は迷走神経反射や直接刺激を介して気道過敏性を亢進させ喘息を悪化させます。喘息の治療にもかかわらず咳やゼーゼーのコントロールが不十分な場合には、合併するGERDの評価と治療を行うことで、喘息の症状が改善することがあります。

診断と治療

診断の進め方

GERDによる咳の診断は、臨床症状の詳細な聴取と除外診断が基本となります。慢性の咳で喘息や後鼻漏が否定されたとき、あるいは治療に十分な反応がないときにGERDを疑います。確定診断には24時間食道pHモニタリングが用いられ、食道内の酸暴露時間と咳の発生タイミングとの関連を評価します。内視鏡検査(上部消化管内視鏡)では食道粘膜の発赤やびらんを直接観察できますが、Silent GERDでは内視鏡所見が正常であることも少なくありません。そのため、GERDが疑われる場合には診断的治療としてPPI(プロトンポンプ阻害薬)を一定期間投与し、咳の改善が得られるかどうかで判断することも実臨床では行われています。

PPI治療

PPI(プロトンポンプ阻害薬)は胃酸の分泌を強力に抑制する薬剤で、GERDの標準的な治療薬です。GERDによる咳に対してPPIが有効であることは複数の研究で示されていますが、咳の改善には通常8〜12週間の服用が必要であり、胸焼けの改善に比べて効果の発現が遅い傾向があります。初期の2〜4週間で効果が見られないからといってPPIを中止してしまうと、本来効果があるケースを見逃してしまう可能性があるため、十分な期間の投薬を継続することが重要です。

生活習慣の改善

薬物療法と並んで重要なのが生活習慣の見直しです。食後すぐに横にならないこと(食後2〜3時間は上体を起こしておく)、就寝時にベッドの頭側を15〜20cm程度挙上すること、過食を避けて腹八分目にすること、脂肪分の多い食事やチョコレート、アルコール、カフェイン、柑橘類、トマトなどの酸性食品を控えることが推奨されます。肥満がある場合には減量が有効であることもエビデンスで示されています。また、腹部を締め付ける衣服やベルトを避けることも胃酸の逆流予防に役立ちます。

まとめ

長引く咳の陰にGERD(胃食道逆流症)が潜んでいることは少なくありません。特に胸焼けなどの典型的な症状がないSilent GERDは見落とされやすいため注意が必要です。喘息や後鼻漏の治療を行っても咳が改善しない場合には、GERDの可能性を考慮することが重要です。PPI治療と生活習慣の改善により、多くの場合で症状の改善が期待できます。原因不明の長引く咳にお悩みの方は、消化器系の評価も含めて主治医にご相談ください。